INTRODUCTION

第71回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に正式出品され、カンヌ・サウンドトラック賞最優秀作曲家賞を受賞。その他各国の映画祭で数々の受賞&ノミネートを果たし、世界中の映画・音楽ファンを熱狂させた本作。監督は、反体制的な芸術活動が要因で無実の容疑で国に拘束され、現在もロシア政府の監視下にある前衛的な芸術家キリル・セレブレンニコフ。1年半の自宅軟禁のさなかに本作を完成させた。

この作品は、ロシアの伝説的バンド「キノ」のヴォーカルであるヴィクトル・ツォイのデビュー期を基に、彼の音楽的才能を見出したロック・シンガーのマイク・ナウメンコ、そしてその妻ナターシャの3人をモデルとし、ペレストロイカ目前のレニングラードで純粋に〝自由″と〝音楽″を追い求めた若者達のひと夏を描く。T・レックス「Broken-Hearted blues」、トーキング・ヘッズ「サイコ・キラー」、イギー・ポップ「パッセンジャー」、ルー・リード「パーフェクト・デイ」、モット・ザ・フープル「すべての若き野郎ども」など70‘s~80’sのロック・シーンを代表する名曲の数々が劇中を彩り、ミュージカルともMVともとれる実にユニークでスタイリッシュな映像演出でカヴァーされる点も音楽ファン垂涎の見どころ。そして、ヴィクトル・ツォイやマイク・ナウメンコが残したロシアン・ロックが、出演者による圧巻のパフォーマンスで新鮮なアクセントをもたらし、まさに最上級の楽曲たちがモノクロの世界に色を添える。

ロックンロールで打ち鳴らす〝規制からの解放″、そしてほのかにビターな恋心。純粋なパッションに突き動かされた若者たちの熱気と青春に胸がアツくなる傑作がここに誕生した。

STORY

ときは1980年代前半。西側諸国(資本主義諸国)の文化は禁忌とされていたソ連時代のレニングラードでは、L・ツェッペリンやT・レックスなど西側のロックスターの影響を受けたアンダーグラウンド・ロックが花開こうとしていた。その最前線で人気を博していたバンド「ズーパーク」のリーダーであるマイク(ローマン・ビールィク)のもとにある日、ロックスターを夢見るヴィクトル(ユ・テオ)が訪ねてくる。彼の才能を見出したマイクは、共に音楽活動を行うようになるが、その一方で、マイクの妻ナターシャ(イリーナ・ストラシェンバウム)とヴィクトルの間には淡い恋心が芽生え始めていた・・・・。

KEYWORD EXPLANATION

Text by yasuo murao
トーキング・ヘッズ「psycho Killer」
ニューヨークのパンク・シーンで、知的なサウンドで異彩を放ったトーキング・ヘッズ。「psycho Killer」は、デビュー・アルバム『Talking Heads: 77』(1977年)に収録された彼らの代表曲。映画では列車内でのミュージカル・シーンで歌われた。ソ連時代に政府内で海外のロック・バンドのブラックリストが作成されたが、そこにはトーキング・ヘッズの名前も入っていたとか。
ボブ・ディラン
2016年にノーベル賞を受賞した、アメリカのロック・シーンを代表するシンガー・ソングライター。マイクは仲間からルー・リードやボブ・ディランと比較され、「お前は何を歌うんだ」とつめ寄られる。国家から歌詞をチェックされるなか、ロック・ミュージシャンとして何を歌うのかは重要な問題だったに違いない。マイクの部屋にはディランのアルバム『Planet Waves』(1974年)を模写したポスターが貼ってある。
ブロンディ
ニューヨークのパンク・シーンから登場した人気バンド。紅一点の女性ヴォーカル、デボラ・ハリーが新時代のセックスシンボルとして注目を集めた。マイクが手描きでジャケットを模写しているのは彼らのアルバム『Eat to the Beat』(1979年)。マイクが言っている「いつでもいいから電話をかけて」という歌詞の曲は、全米1位を記録した彼らのヒット曲「Call Me」(1980年)のこと。
イギー・ポップ「The Passenger」
「パンクのゴッドファーザー」とも称されるアメリカン・ロックの生きた伝説。「The Passenger」は、デヴィッド・ボウイがプロデュースを手掛けた『Lust for Life』(1977年)に収録された曲。ヴィクトルとナタリーが、マイクのために一杯のコーヒーを運ぶミュージカル・シーンで歌われる。
ヴェルヴェット・アンダーグラウンド
パンクやニュー・ウェイヴに影響を与えたニューヨークの伝説的なバンド。マイクはヴィクトルが書いた曲「8年生の少女」を聴いて「初期のヴェルヴェッツみたいだ」とコメント。アンディ・ウォーホルがプロデュースしたファースト・アルバム『The Velvet Underground and Nico』(1967年)に収録された「I'm Waiting for the Man」を聞かせる。
ルー・リード「Perfect Day」
ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのヴォーカル/ギター、ルー・リードのソロ・アルバム『Transformer』(1972年)に収録された曲。ルー・リードの代表曲で、『トレインスポッティング』(1996年)、『アランフエスの麗しき日々』(2016年)などのサントラにも使用された。劇中ではマイクが雨に濡れながらアパートに帰宅するミュージカル・シーンで歌われた。また、マイクがヴィクトルにルー・リードのアルバム『Berlin』(1973年)の歌詞を読ませるシーンもある。
デヴィッド・ボウイ
先鋭的な音楽性でロック・シーンに大きな影響を与えたイギリスのミュージシャン。フリーマーケットでヴィクトルがナタリーに贈ったポスターは、ボウイの『Low』(1977年)のジャケットを描いたもので、マイクは別のシーンで『Aladdin Sane』(1973年)のジャケットを模写している。また、マイクの仲間がお土産に持ってきたのは『Scary Monsters and Super Creeps』(1980年)で、そこに収録された「Ashes to Ashes」が別のシーンで流れている。ボウイは二人にとって重要なアーティストの一人だった。
T.レックス
グラム・ロックを代表するイギリスのバンド。カリスマ的な人気を誇ったヴォーカル、マーク・ボランの事故死によって解散した。ヴィクトルがフリーマーケットでマーク・ボランの絵を売っていて、別のシーンではT.レックスの代表曲「Children Of The Revolution」(1972年)がBGMに流れている。モット・ザ・フープル「All the Young Dudes」に合わせてジャケットのマネをするシーンでは『The Slider』(1972年)が登場したりと、デヴィッド・ボウイと並んでマイクやヴィクトルのお気に入りだったようだ。
セックス・ピストルズ
イギリスにパンク革命を起こしたロック・バンド。ヴィクトルのバンド、ガーリンと双曲面が練習している時に、「セックス・ピストルズみたいな感じでいこう」とアイデアを出している。またマイクの部屋には、ピストルズと並んで人気があったイギリスのパンク・バンド、クラッシュのポスターが貼ってあり、彼らがパンクからも影響を受けていたことがうかがえる。
スウィート「The Lies In Your Eyes」
70年代に活躍したイギリスのロック・バンド。デビュー時はポップなサウンドだったが、やがてハード・ロックなサウンドへ変化した。マイクのセリフの中に登場する「The Lies In Your Eyes」は、彼らのサウンドがヘヴィーになった時期、1976年のヒット曲。
デュラン・デュラン
イギリスのニュー・ウェイヴ・バンド。きらびやかなシンセサを使ったダンサブルなサウンドで80年代にアイドル的な人気を得た。リズムボックスを使おうとしたヴィクトルに、マイクは「デュラン・デュランみたいになるぞ」と批判する。マイクのロックに対するストイックな向き合い方がわかるシーンだ。
モット・ザ・フープル「All the Young Dudes」
パンクに影響を与えたイギリスのロック・バンド。「All the Young Dudes(すべての若き野郎ども)」は彼らのファンだったデヴィッド・ボウイが1972年に提供した曲で、バンドにとって最大のヒット曲(全英3位)となった。映画ではマイクの仲間たちがこの歌を歌い、マイクの部屋に飾ってある名盤のジャケットのマネをする。この映画はロックに情熱を捧げた「若き野郎ども」の物語、そんな監督の想いが伝わってくるようだ。

MUSIC LIST

CAST&CHARACTER

Teo Yoo
 ユ・テオ 

1981年4月11日生まれ。ドイツ・ケルン出身。
20歳からニューヨークのリー・ストラスバーグ劇場研究所にて演劇を学び、その後、ロンドンの王立演劇学校の集中コースに通う。ニューヨークとベルリンのインディペンデント映画や舞台で演じた後、2009年にソウルに移住する。
代表作として、キム・ギドク監督の『殺されたミンジュ』(14)やベンソン・リー監督の『ソウルへGO!!』(15/未)など。
※劇中歌、セリフは吹替え
as Viktor Robertovich Tsoi
 ヴィクトル・ツォイ 

1962年6月21日 生- 1990年8月15日没。
ロシアで国民的かつ伝説的なロックバンド「kino(キノ)」の創設者であり、そのヴォーカルとして知られる。ロシアにおけるロックの草分け的な存在で、ソヴィエト連邦全土にこのジャンルを広めた。
朝鮮人の父とロシア人の母を持ち、レニングラードで生まれ育つ。思春期から曲を書き始め、そのキャリアを通して、10枚のアルバムを筆頭に多くの芸術的な音楽作品を生み出した。
映画『Assa』 (87/未)では本人役でカメオ出演。その後、『僕の無事を祈ってくれ』(88)で映画初主演を果たす。これを機にキノは急速に名声を掴み、「キノマニア」と名付けられたムーブメントを引き起こす。しかし、1990年8月15日、人気絶頂のさなか、新アルバム制作のために短期滞在していたラトビアで交通事故に遭い、命を落とす。28歳だった。
ヴィクトル・ツォイの死は多くのファンに大きなショックを与え、後追い自殺者が出るほどの衝撃となった。1990年8月17日、ソ連の主要新聞の一つであるコムソモリスカヤ・プラウダは以下の記事を掲載した。「もしヴィクトル・ツォイが私たちの国の若者にとって、どの政治家や有名人、作家よりも重要であるとしたら、それは彼が決して嘘をつかず、決してお金に興味がなかったからである。彼はどんなときも自分らしくあった。ヴィクトル・ツォイは私生活でもステージ上のように振る舞い、その生き方と歌に込めるメッセージに一貫性のある唯一のロックミュージシャンである。ロックの最後の英雄だ」。
Roman Bilyk
 ローマン・ビールィク 

1977年12月7日生まれ。ロシア・タガンログ出身。
多くのポップミュージックのヒット曲を生み出したロックバンド「Zveri(ズベリ)」のヴォーカル兼ギタリストである。ロシアの音楽番組「MuzTV」の最優秀ロックバンド賞を9回にわたって獲得した他、ロシアのMTVが授与する最優秀初アルバム賞など多くの音楽賞を受賞している。本作では俳優として映画デビューを果たし、実際にライブパフォーマンスを披露したほか、スタッフとして音楽全般を担当した。
as Mayk Vassilievitch Naumenko
 マイク・ナウメンコ 

1955年生-1991年没。ソヴィエト連邦・レニングラード出身。
80年代前半、レニングラードのアンダーグラウンド・ロックで活動していたバンド「Зоопарк(ザ・ズーパーク)」のリーダーであり、作詞作曲も手掛けていた。
ボブ・ディランをはじめ、イギリスやアメリカのミュージシャンから多くのインスピレーションを受けており、ときには盗作が疑われる曲があったにも関わらず、ロシアロック界において最も素晴らしいアーティストの1人と見なされている。彼の歌の多くは英語の作品を多からず少なからず忠実に翻訳しているか、リメイクである(ソヴィエト連邦では、特に鉄のカーテンの向こう側で作られた作品に対して、著作権と盗作の概念が実際に定義されていなかった)。それにも関わらず、西洋のロックカルチャーをロシアの文化とレニングラードという都市の現実に移し替えて適合させたため、その影響は重要であった。
1980年後半、マイク・ナウメンコはアルコールの過剰摂取による健康上の問題にぶつかり、その死亡原因は明らかになっていない。1991年、36歳で心臓発作により自宅で亡くなったとされている。
Irina Starshenbaum
 イリーナ・ストラシェンバウム 

1992年3月30日生まれ。ロシア・モスクワ出身。
代表作に『アトラクション 制圧』(17)、『T-34 レジェンド・オブ・ウォー』(18) 、『Attraction 2』 (19/未)など。
as Natalia Vassilievana 'Natasha' Naumenko
 ナターシャ – ナタリヤ・ナウメンコ 

マイク・ナウメンコの妻。2人の間には息子が1人いる。ヴィクトル・ツォイのガールフレンドであり、夫マイクの人生とキャリアにおいて大きな役割を担った。
本作撮影時に行われたナターシャ本人への取材では、ヴィクトル・ツォイとの間にあったのは、あくまでも友情と絆であったと明言している。

STAFF

Kirill Serebrennikov (Director)
 キリル・セレブレンニコフ (監督) 
1969年9月7日生まれ。ロシア・ロストフ・ナ・ドヌー出身。
ロシアの舞台、テレビ、映画の監督。2012年からはモスクワの劇場ゴーゴリ・ツェントル(ゴーゴリ・センター)の芸術監督を務めている。
まだ学生だった頃に初めて自分の舞台を上演。1992年、ロストフのドン国立工科大学の物理学部を卒業。2008年にはモスクワ芸術座の付属学校で俳優と監督のための実験的なクラスの教鞭を取る。2011~2014年まで、モスクワのヴィンザヴォド現代芸術センターで行われたプロジェクト“プラットホーム”の芸術監督を務めた。
2015年、ラース・フォン・トリアーの同名映画に着想を得た『白痴(イディオッツ)』を演出。アヴィニョン演劇祭に招待された。翌年、再びアヴィニョン演劇祭に招待され、ニコライ・ゴーゴリの偉大な古典にインスパイアを受けた舞台「死せる魂」を発表。2年連続でアヴィニョンにて上演された演出家は、ロシアでは彼が初めてとなる。
また、映画監督としては『The Student』(16)がカンヌ国際映画祭ある視点部門に選出され、フランソワ・シャレ賞を受賞している。 2017年8月23日『LETO -レト-』の撮影が終ろうとしている現場で、アート・プロジェクト「プラトフォルマ」の国が割り当てていた予算を横領した疑いで逮捕された。本人は容疑を否認。以来、モスクワで自宅軟禁されていたが、それにも関わらず本作の編集を行い、完成に至った。『LETO -レト-』は第71回カンヌ国際映画祭コンペティション部門正式出品作であり、カンヌ・サウンドトラック賞最優秀作曲家賞を受賞。彼は公判の際に、カンヌ国際映画祭と作品のスタッフに真摯な感謝の意を表明した。2019年4月、出国しないことを条件に1年半に及ぶ自宅軟禁が解除された。